日本のAI研究者&メディアの方へ
"AGIの倫理的課題”を日本独自で開発する重要性の情報発信のお願い
1.企業100年計画による“AGI”の基本的な考え方

◆人が「結果や状態」を出すまでの流れは、
① 自分自身の知識と経験から、ある事柄を「認識や認知」し、
② これをどうしたらよいのか(どうすべきか)を「判断や選定」し、
③ その「判断や選定」に基づいて「行動や制御」し、
④ その「結果や状態」が出ます。
◆逆に、臨んだ「④結果や状態」が出ない「③行動や制御」は、その前の間違った(誤った)「②判断や選定」からであり、その間違った(誤った)「②判断や選定」は、その前の自分自身の「①認識や認知」から始まります。
◆ここまでは、「“現在の生成AI”の対応範囲」であり、【日本の人間学】における「人としての付属的要素」たる【時務学】の範囲になります。別の言い方をすると、「事の経緯(終始)」になります。
「事の終わり」は、「④結果や状態」になりますが、その「事の始まり」は、身体の一部たる「脳」が指示を出して、口や手足による「言動」で表現されます。
その「脳」への指示は、【心の本体】から発動されます。ゆえに、すべての「事の始まり」は、【心の本体】が出発点になります。これが、【日本の人間学】です。
◆この【心の本体】の概念(捉え方)が、【西洋の人間学】とは根本的な違いがあります。
2.人としての大きな分かれ道
◆古典の「孟子」には、下記の記載があります。
⇒弟子から「ある人は“大人(たいじん)”になり、ある人は“小人(しょうじん)”になるのは、なぜなのでしょうか」と問われた。
⇒孟子曰く。大体(物の本)に従えば“大人”になり、小体(物の末)に従えば“小人”になるのだ。
◆その人の【心の本体】から発動された【意】が、「人としての“義”」を中心にして学び、判断するならば、「人として“正しい(大人の)道”」を歩めるが、「自分自身の“利(損得)”」を中心にして学び、判断してしまうと、「人として“小人の道”」を歩み、かつ自分自身の「感情」で行動してしまう道を歩むことになる、と言っているのです。
◆この最初の【心の本体】から発動される【意】の学び方が、「人としての大きな分かれ道」になります
