1.そもそもの“西欧”
◆そもそも西欧は、地理的にはユーラシア大陸の西端に突き出た半島にすぎません。高緯度に位置するため、植生は貧しい土地です。しかし、西欧が近代社会を形成したばかりか、彼等の論理(思想・信条)で世界を支配した時期があったことは事実です。
◆そのため、我々日本人は、長い間「西欧人の優越(日本人より優れているとの認識)」を、心のどこかで「当たり前のこと」として捉えてしまっていないでしょうか?
◆しかし、それは決して「当たり前」の現象ではありません。西欧は、アジアと比較して、太古から強力な軍隊を持っていたわけではなく、生活水準が高かったわけでもありません。西欧の優位は、歴史的には比較的最近のことにすぎないのです。
◆もし、西欧優位の時代を「近代」と呼ぶならば、その開始は15世紀中頃に求められます。そして、16世紀は、ローカルな西欧から、グローバルな西欧への転換期であったのです。

2.世界史の始まりたる“大航海時代”とは
◆15世紀中頃から始まる【大航海時代】までは、世界史の舞台は、今の約1/3の地域に限られ、北インド洋(アラビア海)を除く大洋は、ほぼ手付かずの状態にありました。
◆ポルトガルのエンリケ航海王子の西アフリカ沿岸の探検に端を発する大西洋開発の動きは、1488年のバルトロメウ・ディアスの「喜望峰(南アフリカ)発見」で新たな展開を見せ、1490年代にはコロンブスの「大西洋横断」、ジョン・カボットの「北米への航海」、ヴァスコ・ダ・ガマの「インド航路の開発」で、一挙に進展しました。
◆その後、1520年代になると、マゼランの航海で地球上の全陸地をのみこむ太平洋の存在が実証され、地球の広がりが明らかになりました。
◆この1488年から1520年代までのわずか30年の間に、大西洋、インド洋、太平洋の配置と、モンスーン(季節風)が解明され、羅針盤、ポルトラーノ(海図)により、地球規模で航路がつながったのです。
◆世界史の舞台は、「海の時代」に転換し、西欧諸国の主導の下に、それまでのユーラシアから一回りも二回りも大きな空間に歴史の舞台は転換しました。以後、16世紀のポルトガルとスペイン、17世紀のオランダ、18世紀~19世紀の英国、20世紀の米国というように、海を制した国が【世界の覇権】を握ることになるのです。
◆1520年代から1530年代にかけて、コルテス(スペインの貴族)がアステカ帝国、ピサロ(スペインの軍人)がインカ帝国を征服し、1540年代にはペルーのポトシ、メキシコのサカテカスなどで大銀山が開発されて、大量の銀が西欧や中国に流れ、世界経済の一体化の基盤が形成されました。
◆従来の7倍もの安価な銀が流入した西欧では、「価格革命」が起こり、メキシコのアカプルコからマニラ経由(マニラ・ガレオン貿易)で、絹と引き換えに大量の銀が中国の明に流入しました。また、トウモロコシ、ジャガイモ、サツマイモ、カボチャ、トマト、ピーマン、アボカド、パイナップル、ピーナツ、トウガラシ、バニラ、カカオ、タバコなども、新大陸から西欧に持ち込まれ、食の世界も広がったのです。
◆アジアでも、西欧でも、王朝の栄華がみられましたが、海を隔てた新大陸、アジアに【植民地】を拡大し、重商主義(自国の富を増やす経済思想や経済政策)により、富の増大を図った西欧諸国と、アジアの内陸型の【帝国】では、国力に大きく差が広がったのです。
◆「オスマン帝国」「ムガル帝国」「清帝国」、シベリアを征服した「ロシア帝国」、東欧の「オーストリア帝国」は、きらびやかな歴史を展開し、一見強大でしたが、次第に西欧の「海洋国家」に後れをとっていくことになってしまったのです。
◆17世紀に「商業国家」「海運国家」として世界をリードしたオランダは、世界各地で西欧が必要とする商品作物を大量に生産する「プランテーション(大規模農場制)」を展開し、富を西欧に集中する体制を組織しました。
◆ブラジルやカリブ海で、大量の【黒人奴隷】を使った砂糖の生産が行われ、18世紀になると、英蘭戦争でオランダを破った英国ルイ14世(英国王)の下で、西欧最大の陸軍国となったフランスが砂糖の生産を牛耳り、世界経済をリードすることになります。
◆両国は、北米、インドで勢力争いを繰りひろげましたが、七年戦争の際に起こったインド、北米の戦争で英国が最終的に勝利します。

3.西欧人の思想・信条による“帝国主義と植民地政策”
(1) 帝国主義とは
◆【帝国】とは、多くの異なる民族や文明圏を包含する「統一的支配圏を有した国家形態」のことです。
◆西アジア世界の「ペルシア帝国」、地中海世界の「ローマ帝国」、東アジアを中心とした「秦や漢帝国」と「隋唐帝国」などがその例です。
◆【帝国主義】は、【植民地化】された地域の民族を支配(奴隷化)し、その資源や労働力を利用することにより、母国の経済や政治を、利益追求のために発展させることを目的としています。しかし、【帝国主義】による【植民地支配】は、しばしば民族の搾取や文化的抑圧を伴い、反抗や独立運動が起こるなど、様々な問題を引き起こしました。
◆【帝国主義】は、第一次世界大戦後には衰退し、多くの【植民地】が独立を達成しましたが、その影響は現代においても残っており、【帝国主義】の歴史は、国際関係や世界の経済的・政治的な構造に大きな影響を与えています。

(2) 植民地政策とは
◆【植民地政策】とは、国境外の領域を【植民地】として獲得し、支配する政策活動と、それを正当化して推し進める思考を指します。
◆【大航海時代】から第二次世界大戦までの20世紀後半にかけては、列強国が盛んに【植民地】を獲得し、互いに【覇権】を競っていた時代です。

4.そもそも“植民地政策”の始まり
◆大航海時代、世界を二分していたカトリック国であるスペインとポルトガルは、世界中に【植民地】を拡げましたが、そのやり方は悪逆非道の極みと言えるものでした。
彼らが、「異教徒をどう扱うべきか」を、カトリックの総本山であるバチカンに問い合わせたところ、「異教徒は、人間と見なさずともよい」とのお墨付きを得ていたことが、その背景にあります
1452年、ローマ教皇・ニコラウス5世が、ポルトガル人に対して、「異教徒を奴隷にする許可」を与えたことで、「奴隷貿易」は正当化され、相手は人間でないと思えたからこそ、倫理的な罪悪感を全く持つことなく、彼等は徹底的に残酷になれたのです