1.経済成長できない日本
◆日本の経済規模は、終戦後の1950年(昭和25年)には109億ドルで、西側諸国で第7位でした。
◆その後、1955年(昭和30年)には240億ドルで、インドを抜いて第6位、1960年(昭和35年)には430億ドルでカナダを抜いて第5位と着実に経済成長してきました。
◆そして、1968年(昭和43年)には1,419億ドル(速報値)で、とうとう西ドイツ(1,322億ドル)を抜き、米国(8,606億ドル)に次ぐ第2位にまで経済成長しました。(米国の1/6ですが…)
◆しかしながら、2010年(平成22年)に中国に抜かれて第3位に落ち、そして2023年(令和5年)にドイツに抜かれて、第4位に落ち込みました。
2.日本の経済と給与水準低迷の始まり
◆1990年代、旧大蔵省による「土地総量規制」や「BIS規制」により、銀行の「貸し剝がし」で日本経済が縮小しました。そして、1997年の橋本内閣による「財政構造改革政策」の開始と、それがもたらした不況を境に「景気が良くなれば、給与が上がる」という、ごく当たり前の経済構造から、「景気が良くなり、企業が儲かるようになっても給与が上がらない」という、守り重視の極めて異常な経済構造へと日本経済が変化してしまいました。
◆【企業経営の面】からは、対アジア企業や日本企業間との製造コスト競争の激化があり、日本の電機メーカーなどの製造企業が中国に工場移転しました。また、コスト競争に勝ち残るためには、資金を投資や給与などで外部流出させずに、より多くの内部留保を蓄えておく必要性も増しました。
◆【給与水準たる労働面】からは、「派遣労働(非正規雇用)」や、業務の「アウトソーシング(外部委託)」という、企業にとっては安くて使い勝手の良い労働力を使用できるという規制緩和がありました。
◆こうして、日本経済は「景気が良くなっても、給与が上がらない構造」となり、結果として購買力(民間消費)が増えない構造となり、さらにその当然の結果として、経済の成長力のきわめて弱い、長期低迷の続く経済の仕組みになってしまっているのです。
◆1990年代後半以降は、バブル経済の崩壊後の景気低迷を背景に、度重なる景気対策が実施されてきました。 特に、小渕内閣(1998年~2000年)、森内閣(2000年)では、なり振り構わぬバラマキが行われました。 その結果、財政赤字は拡大の一途をたどり、財政は破滅的状況に陥ってしまったのです。
3.四流の政財官のトップ層
◆これまで日本は、諸外国から「国民一流、経済二流、政治三流、官僚四流」と言われてきましたが、今日の日本経済低迷の根本的原因は、場当たり的な政策の連続による結果であり、国民目線からは日本の政治家や官僚に対する「信」が大きく失われ、「政治家と官僚、共に四流」と言われても、もっともな状況にあることです。
◆また、財界たる大企業においても、隠蔽や不祥事の連続です。
大企業の経営トップ層は、内的成長が経営判断の中心になり、内部留保額が11年連続して増加していることから、「挑戦しない経営者」とも言われています。
その実態が、OECDにおける日本の給与水準が、長年にわたり下位グループにいることです。
◆ゆえに、日本の指導的立場にある「政財官のトップ層が四流」に成り下がってしまっていると言えます。
