1.“徳性”と“才能”
◆元々、「徳性」と「才能」とは違っているのですが、世間の人はこれを区別することができずにいます。
◆元々、知恵が優れ、意思が強固の人を「才能の士」といい、正しく素直で中庸の道の和(なご)やかな人物を「徳ある者」というのです。「才能」は「徳性」を完成する素材であり、「徳性」は「才能」を正しく「才能」として動かす将師(指揮する大将)なのです。
◆例えば、雲夢(うんぽう)の湖岬に生える竹は、天下に最も強いものですが、それでもよくよく矯正し、羽を整え矢筈(やはず)をしっかりさせなければ、堅い甲を破る矢とはなり得ません。また、棠谿(どうけい)の鉄は、天下に名だたる鋭さを持っています。けれども、これを溶かし鋳型に入れ、砥石にかけるのでなければ、強いものを撃つことはできません。
◆こういうところから、「徳性」と「才能」のいずれも十分に伸びている者を【聖人(せいじん)】といい、「徳性」と「才能」の二つが失われている者を【愚人(ぐじん)】といい、「徳性」が「才能」よりも優っている者を【君子(くんし)】【大人(たいじん)】といい、「才能」が「徳性」よりも優っている者を【小人(しょうじん)】というのです。
◆そもそも、「徳性」というものは、人々が畏(おそ)れ敬(うやま)うものであり、「才能」は人々が愛するものです。そして、愛するものは親しみ易く、畏(おそ)れ敬(うやま)うものについては、ややもすれば疎遠(そえん)になり易いのです。
◆それゆえ、目先の利益が見える人は、つい「才能」によって自ら惑わされて、「徳性」を見失ってしまうのです。古(いにしえ)より、国を乱す臣や家を滅ぼす子は、「才能」は十分にあり過ぎていますが「徳性」が足らず、そのまま国を亡ぼし、家を潰すことが多いのです。これは、単に時の政治家や武将だけに限りません。
◆従って、国を治め、家を治めていこうとする者にとって、「徳性」と「才能」との区別を明確にして、何を先にすべきか、何を次にすべきか、を見分けることができたとするならば、人の支持を失うということについて、あれこれと思い患い、必要以上に心配することはないのです。
※資治通鑑

2.“大人(たいじん)”と“小人(しょうじん)”の違い
◆【君子(大人)】は、真っ先に「義」を考える。【小人】は、真っ先に「利」を考える(結び付ける)。
◆【君子(大人)】は、対人関係が友好的で派閥を作らないが、身ひいきもしない。【小人】はその逆で、身ひいきをするが、派閥を作って友好的ではない。
◆【君子(大人)】は、協調性に富むが、無原則な妥協は排除する。【小人】は、やたらと妥協するが、協調性には欠けている。
◆【君子(大人)】は、他人の善行については、それが成就するように援助するが、非行については援助しない。【小人】は、その逆だ。
◆【君子(大人)】は、泰然としていながらも、人を見下さない。【小人】は、高みから見下すばかりで、実はこせこせしている。
◆【君子(大人)】は、自己完成(至善)を目指すべきだ。名声を追うような【小人】になってはいけない。
◆【君子(大人)】は、真理(根本)を探究し、【小人】は、世俗(世間)に埋没する。
◆【君子(大人)】のもとで働くのはたやすい。【君子(大人)】は、長所を活かして人を使うからだ。しかしながら、【君子(大人)】に認められるのは容易ではない。なぜなら、【君子(大人)】のもとでは、「道義」に外れていては認められないからだ。【小人】のもとでは働きにくい。【小人】は、相手の長所を見ないで仕事をさせ、しかも責任の追及に急だからだ。しかしながら、【小人】に取り入るのはたやすい。なぜなら、「道義」を外れていても、うまく立ち回れば、それで済むからだ。
※論語
3.“君子(大人)”の姿
◆【君子(大人)】は、つねに重厚な態度を崩すべきでない。でないと人に心服されないし、学問も向上しない。【君子(大人)】は、何よりも自他に対する誠実を大切にする。友を選ぶときは、必ず自分自身より優れた人物を選ぶ。そして、過ちを犯したと気付いたら即座に改める。この心がけを忘れないことだ。
◆【君子(大人)】は、弁舌がさわやかであるよりも、実践において勇敢でありたいと願うものだ。
◆【君子(大人)】は、飲食や住居など、安楽を求める肉体の欲望に負けてはならない。やるべき仕事はテキパキ片付け、発言には責任を持つこと。さらに、その道の先達に師事して、独善性から脱却すること。こうあってこそ、学問を愛する者と言えるだろう。
◆人は誰しも富貴を望み、貧賤を嫌う。しかし、正しい行いがいつも富貴と結びつき、不正な行いがいつも貧賤と結びつくとは限らない。【君子(大人)】は、富貴貧賤に左右されてはならない。「仁」に最大の関心を注いでこそ【君子(大人)】の名に値する。【君子(大人)】は、片時も「仁」を離れない。不意をつかれた時にも「仁」、つまづいて倒れかかった時にも「仁」、いついかなる場合にも「仁」を忘れないのだ。
※論語
4.“小人”の特徴
◆【君子(大人)】は、自分自身に実力がないことを気にかけるべきだ。自分自身を認めてくれる者がいないと、不平を言うのは筋違いである。
◆3年も学問をすると、もう仕官のことを気にする。そんな連中ばかりだ。
◆「士たる(道に生きる)者」が、私生活の安楽ばかり追求するようでは、士の名に値しない。
※論語
5.【基本4】のまとめ
◆例えば、西郷隆盛と勝海舟の二人を見た場合に、西郷隆盛は典型的な「大人型」です。一方で、勝海舟も【日本の人間学】を高い次元まで学んだ人物ですが、江戸無血開城などの【時務学】による実践(対応)能力が【日本の人間学】以上にずば抜けていることから、「小人型」と言われています。
◆自分自身の現在の生活レベル(収入)を確保したり、上げるためや、自分自身の老後の生活費を最初に心配する人は、「小人型」に該当します。大企業のトップや経営幹部だからといって「大人型」とは限りません。
企業における事業は、「徳業」でなければなりません。
儲かりそうだから事業を行う経営トップは「小人型」で、我が国や地方、そして世の中に必要だから行う事業の経営トップが「大人型」です。
◆このように【大人】と【小人】の違いは、自分自身あるいは他人の個々における「徳性」と「才能」を相対的に比較して、「徳性」が「才能」よりも優れている人を「大人型」といい、「才能」が「徳性」よりも優れている人を「小人型」と言います。
「徳性」の対象を「公(おおやけ)や秩序」、「才能」の対象を「個々(自社)の利益(損得)や権利」に具体的に置き換えて周りを見ると、とても判り易いでしょう。
