1.“正邪”と“善悪”
(1) “道理”とは
◆【道理】とは、物(人)やモノ、事の筋道や本質的な正しさを示す概念で、「自然の法則や原理(天と地)」と「人としての正しい道や倫理」を指します

(2) “道義”とは
◆【道義】は、【道理】の中の「人としての正しい道や倫理=人の義」を指します。

(3) “正邪”と“善悪”の違い
◆【正邪】とは、「正しいこと」と「邪(よこしま)なこと」の対比を表します。「正」は、道理や規範にかなっていること、公正であることを意味し、「邪」は道理に反すること、歪んでいること、不正なことを指します。
◆【善悪】とは、「善いこと」と「悪いこと」の対比を表します。「善」は、道徳的に善いこと、人として望ましい行いを指し、「悪」は道徳的に悪いこと、人に害をなすことを指します。
「正邪と善悪の判断基準」は、宗教からの思想や信条に基づいて決まることもあります。
例えば、15世紀半ばから始まった大航海時代からの欧米人の帝国主義による奴隷制度は、当時の欧米人の論理による法律的には「正」でしたが、道徳的には「悪」であったことです。
ゆえに、現在でも世界から「戦争」がなくならないのが、現実です。
◆「価値観」とは、「正邪善悪」や「物と事」を評価・判断するときの根底となる「ものの見方や考え方、基準」です。
「価値観の多様性」とは、社会(世の中)のおける「正邪善悪」や「物と事」の判断基準の多様性を認めることではないはずです。違う判断基準を持つ人がいる社会ではなく、「正邪善悪」や「物と事」の判断基準を共有した上で、各人の中の手段の多様性を認める社会が、本来の姿ではないでしょうか。
場合によっては、みんなが正しいのではなく、みんなが間違っている可能性もあるのです。

2.“善悪”からの【日本の人間学】
◆【道理】には、「自然の法則や原理(天と地)」と「人としての正しい道や倫理」を指しますが、人の力で「事の法則や原理」を変えることは不可能と言えます。
◆それで、「人としての正しい道や倫理=道義」「人として望ましい行い」をすることためにあるのが、【日本の人間学】です。

(1) “性善説”と“性悪説”による心の本体
性善説
◆人の本性は、本来的に「善」であるとする説で、人の本性は、本来的に「善」であるから、修身を惜しまなければ、誰しもが「大人(たいじん)」になることができる、という説です。
◆逆に、修身しないと悪い方に向かう可能性があるので「絶えず修身が必要である」ということです。

② 性悪説
◆「性善説」に反対して「人の性は悪なり、その善なるものは偽なり」を唱えた、人の本性に対する主張です。
◆人は弱い存在であるから、あるがままに放任していると自己中心的になり、周囲に悪い影響を与えることから「修身によって抑制しなければならない」という説です。

③ どちらも、結論は同じ
◆どちらの説も、修身によって「大人(たいじん)」になれるという意味では、共通しています。
◆多くの日本人が「性善説」を誤解しているのが、修身しなくても(【日本の人間学】を学ばなくても)、「人は、生きている限り“善人”」だとして受け止めていることです。

(2) “善悪”の判断基準
◆自分自身を中心にして【善悪】を考え、判断してしまう傾向が、人には多々あるものです。
自分自身に都合が良いことや好ましいことを「善」、自分自身に嫌なことや嫌いなことを「悪」としまいがちです。これは、相手によって「善悪の判断」が変わってしまうことになります。
「善悪の判断基準」は、相対的ではなく、絶対的でなければなりません
この「絶対的な善悪の判断基準」を修得するのが、【日本の人間学】です。

(3) 喜怒哀楽の感情が判断を誤らせる
◆「喜怒哀楽」とは、喜び、怒り、悲しみ、楽しむことという意味で、様々な人の心や感情の働きを総括して言います。
① 人は、怒るようなことがあると、道義に違い、その正しい判断を下すことができなくなるものです。
② 人は、相手を恐れるようなことがあると、その正しい判断を下すことができなくなるものです。
③ 人は、相手を好いたり、自分自身が楽しんだりすることがあると、その正しい判断を下すことができなくまるものです。
④ 人は、心配をすることがあると、その正しい判断を下すことができなくなるものです。
⑤ 人は、心が散逸して集中していないときには、じっと視ていても見えないし、じっと聴いていても聞こえないし、食べてもその本当の味が分からないものです。
◆「心」は、「人の本(もと)」であるから、その「心」を正しくするために【日本の人間学】があります。

(4) “善悪”の間に、“不善”がある
◆【善悪】の「善」とは、社会での道徳的に善いこと(道義)を行うことです。一方で「悪」とは、法律を無視したり、社会(全体)的な秩序を乱すことです。この「善」と「悪」の間に「不善」があります。
◆「小人、閑居して“不善”を為す」という言葉があります。「つまらない人間が暇でいると、ろくなことをしない」と説明しているものが多いのですが、この説明は間違いです。正しくは「小人は、他人の目がないと善くない事(不善)をする」が正しい意味です。
◆ここで重要なことは、何が「善」で、何が「不善」なのかです。ややもすると、自分自身を中心にして「善」と「不善」を考えてしまうことが一般的に多いものです。
【道義】よりも、会社や自分自身の利益になることを「善」にして、会社や自分自身の不利益になることを「不善」と判断してしまいがちです。
「不善」とは、「悪」ではないが「善」でもないことです。
この判断は、相手(物や事)によって「善」と「不善」が変わってしまうことが多いのが現代社会の特徴でもあります。しかしながら、「善」と「不善」の判断基準も、「善悪」と同様に相対的ではなく、絶対的でなければなりません
◆この「善」と「不善」を分別できるようにすることが、【日本の人間学】です。

(5) 5つの徳目
◆「善」は、道徳的に善いことを行うことですが、その例として「5つの徳目(五常)」があります。「①仁/②義/③礼/④智/⑤信」の5つです。
①「仁」とは、他人に対する親愛の情(思いやり)や優しさのことです。
②「義」とは、我が身の利害を顧みずに、他人のために尽くす人のことです。
③「礼」とは、様々な行事で規定されている動作や言行、服装や道具などの総称ですが、社会秩序を維持するための道徳的な規範も意味しています。
④「智」とは、道理をよく知り得ている人のことです。
⑤「信」とは、友情に厚く、言動を違えず、真実を告げ、約束を守り、誠実であることです。
◆この「5つの徳目」の文字の最初に「不善」の「不」を付けると、
①「不仁」とは、仁の道に背くことや慈愛の心がないことになります。
②「不義」とは、人として守るべき道に外れることや道に背いた関係を結ぶことになります。
③「不(無)礼」とは、礼儀に外れることになります。
④「不智」とは、道理を知らないことになります。
⑤「不信」とは、信用できないことになります。
◆「善」を為し、「不善」を為さないために【日本の人間学】があります。

3.“心の本体”
◆「善」を為し、「悪」だけではなく、「不善」も為さないためには、感情に左右されることなく、つねに自分自身の「心」を正しくしなければなりません。
そのための「自分自身の“心”を正しくする」とは、【心の本体】に立ち返ることになります。
「人として、やっていいこと(善)と、やってはいけないこと(不善)」を分別するのが【心の本体】です。
◆この【心の本体】に立ち返るためには、「善」の何たるかを知り、これを為し、「不善」の何たるかを知り、これを為さないために自分自身を修めて分別するのが、【日本の人間学】になります。
◆【心の本体】からの発動が【意】であり、この【意】による発動が「身体から言動」になります。
「誠」という漢字は、「言う」と「成す」を合わせています。「言っていること」と「行動」が一致しているのが「誠」の意味です。

4.“心の本体”から発動される“意”の分かれ道
(1) 道義を重んじるのか、私利私欲を優先するのか … 道徳性が、分かれ道の第一歩
【大人】… 道義を重視した判断で、善い(正しい)ことを実践する。
【小人】… 私利私欲を優先判断し、目先の利益にとらわれる。

(2)【我が国の人間学】を学び続けるのか、現状に甘んじるのか … 人格向上の追求
【大人】…「学びて時にこれを習う」と言うように、修身を怠らない。
【小人】…「時務学」の習得に満足し、修身を避ける。

(3) 徳を積むのか、損得勘定に走るのか … 人としての信用の有無
【大人】… 人としての徳目(仁・義・礼・智・信)を育む。
【小人】… 打算的に行動し、損得勘定で人と接する。

(4) 公を考えるのか、自分本位なのか … 利他的な視点
【大人】… 自分自身の行動が、社会や他人にどう影響を与えるかを考える。
【小人】… 自分自身のことしか考えず、他人への影響を顧みない。

(5) 素直に過ちを認めるのか、言い訳をするのか … 過ちて、改めないのが過ちなり
【大人】… 過ちを認め、改めることを恥じない。
【小人】… 言い訳をして自己正当化し、過ちを認めない。

(6) 長期的な視野を持つのか、目先の利益に執着するのか … 大局観の有無
【大人】… 大局を見て、長期的な成功を目指す。
【小人】… 目の前の利益や快楽を優先し、長期的な成長を犠牲にする。

(7) 感情をコントロールできるのか、衝動的に行動するのか … 自己制御の有無
【大人】… 冷静に、物の本末と事の終始を判断し、感情に流されない。
【小人】… 感情的に反応し、後先を考えずに行動する。

(8) 誠実なのか、不誠実なのか … 人としての信頼の有無
【大人】… 言葉と行動が一致し(知行合一)、誠実に生きる。
【小人】… その場しのぎの嘘や、ごまかしを平気で使う。

5.【基本3】のまとめ
【日本の人間学】による【心の本体】についても、宗教的要素が全くありません。これが、日本人と欧米人の「心の意味」の根本的な違いになります
【心の本体】からの発動が【意】であり、この【意】による発動が「身体から言動」になります。ゆえに、「心を正しくすること=修身」は、【日本の人間学】を学ぶことになります。
◆当WEBへの訪問者たちの過半数が、欧米の人たちです。今や、世界中の人たちが「最先端のAI開発」に躍起になっている状況で、「AGIの根幹(心の本体)開発」の原点は【日本の人間学】にあり、これを我が国・日本人の手で構築しなければなりません。
◆ここに掲載しました内容は、【日本の人間学】の基本的な概要に止めました。その理由は、欧米人の論理による「AGI開発」に利用せれる可能性が大きいからです。
◆宗教にこだわらない日本人の手で、宗教を超えたところにある「真の民主主義」、世界の人々が心から望む「平天下」の世の中にしていくために!